2019年6月7日金曜日

フォームについて再び

5月はミカエルセミナーなどあったのに、結局、ブログは更新しないまま。

ときどき「ブログ読んでいます」と声かけられるので、
更新なければならないと思いつつ、気がついたら1ヶ月ほど経ってしまいました。

前回は、台湾での「フォーム」のことを書きました。
ミカエルセミナーでも、台湾セミナーに参加したメンバーのインストラクターから、
「フォームが分かれば、今回のセミナーもよく分かる」という声がありました。

すでに吉祥寺や大阪などではフォームの練習をしていると思うので、
「今さらながら」ではありますが、もう少しフォームのことを書きます。

前回のフォームの記述は、読んでも今一つ分からなかったと思います。
あれから時間が経って、もう少し自分の考えを書くと、
フォームとは、呼吸を体全身に行き渡らせた「呼吸体」みたいなもので、
それを意識して、それから先に動くということでしょうか。

姿勢を正して、呼吸を全身に行き渡らせて、意識を広げていく。
そして、体ではなくて、その呼吸体から動かしていく。

これはザイコフスキーが今年の2月に東京セミナーで言っていたことにも通じます。
「体ではなく、呼吸を動かそうとする」
「体の中に筋肉がないかの如く、動きたい」
「呼吸のままに動けば、適切な筋肉が動く」
「体は影、呼吸は本体」

フォームを意識して動けば、こられらの点がすべてクリアできます。

また、ここ最近、ザイコフスキーが強調していることが、
「動きはじめと終わりが難しい」
「アイドリングが大切」ということ。

つまり、体が止まっているように見えても、実は止まっていない。
車が止まっていてもエンジンが動いているように、
常にアイドリングをしていろ、と。
常に体の中を動かしていろ、というものです。
これもフォームを意識していれば、呼吸は止まることがないので、
常にアイドリング状態でいることができます。

他にフォームを作れば、システマの4大原則をクリアできます。
呼吸→呼吸を体に行き渡らせるので、当然、呼吸はします。
姿勢→正しく呼吸して、体に行き渡らせようとしたら姿勢はよくなります。
リラックス→テンションがあると、呼吸が体に行き渡りません。
キープ・ムーブィング→フォームが出来ていれば、常にアイドリング状態になります。

というわけで、何かと素晴らしいフォームですが、
そう簡単には身に付きません。
ついつい、小手先の動きや体の動きに捉われて、忘れそうになります。

しかし、フォームを意識していれば、ミカエル&ダニールセミナーでやった
アンコンタクトワークも上手くできるというインストラクターの意見も多いので、
システマ湘南では、フォームを意識した練習をしています。

逆も真なりで、台湾でやったフォームを主体としたワークを練習する際に、
ミカエル&ダニールセミナーでやった先端から動きなどを意識してやると、
非常に上手くいくことも多いのです。

つまり……。
1.ミカエルセミナーのワークはフォームを意識してやると上手くいく。
2.台湾でやったフォームのワークは、ミカエルセミナーの内容を意識すると
上手くいく。
同じシステマなので、当然のことなのですが、
両方を意識しながら練習すると、相乗効果も狙えるかなと。

そんなことを考えつつ、練習しています。

2019年4月26日金曜日

台北のザイコフスキーセミナーの感想

4月19日から21日まで台湾で行われたザイコフスキーセミナーに参加してきました。

セミナーは英語で説明され、主宰者のシステマ台北の江さんが中国語で通訳します。
自分は中国語は分からないことはもとより、英語もそれほど得意ではないので、
どこまで理解できたかは「?」なのですが、すばらしいセミナーでした。

内容は……というか、行なわれているワークは、
2月に行われた東京セミナーとほぼ同じ、もしくはその延長線上にあるものでした。
2月のセミナーに出て、そのワークをやりこんできた人たちには、
理解しやすかったのではないかと思います。

ただ、2月には「呼吸」が強調されていたと思うのですが、
今回、ザイコスキーが提示したタームは「フォーム」という概念でした。

ザイコは「今回のフォームはあくまでもエクスターナル」というのですが、
数前に日本でザイコフスキーが提示した「インターナルフォーム」に近いものの
ようにも思えました。

(ザイコフスキーの中で「インターナル」という概念がよりもっと深いものになり、
以前の「インターナル」定義そのものが違ったものになってきた?)

「フォーム」がどのよなものかと言えば、その本人から筋肉とか物質的なものを取った
「本質」のようなものだと、私は理解しました。

ザイコフスキーはこう言っています。

「フォームとは、自分の存在感のフォーム、信念のフォーム、愛情のフォーム、魂のフォーム、いろんなフォームがある。しかし、それは若い頃には気がつかない。ある程度、年を取ってからのほうが、フォームを理解しやすいし、フォームの重要性に気づく。皆さんはある程度、年齢が言っているので、だからこそ、フォームに気づけると思う。フォームに気づけると、人生を楽しめる。」(懇親会での発言)

そのフォームに呼吸を通し、フォームを動かしていくというのが、
今回のセミナーのワークのメインでした。

相手がフォームを整えると、その相手の手を掴みに行っても掴みどころがないというか、自分の力が吸収されるというか、どこかに消えて行くような感じを受けます。

そして、フォームはフォームでしか動かせない。
自分のフォームでもって、相手のフォームを動かしていく。
この一連の動作において、筋肉は一切使いません。
(実際は使っているのでしょうが、いわゆる筋肉の力みは発生しません)

ザイコフスキーいわく、フォームは「イメージではない」と言います。
あくまでも実感として感じるようにならないといけないわけですが、
最初はイメージでもいいのではないかと自分は考えています。

去年の台湾セミナーでは、「テンションをリリースしろ」と言っていました。
今回は相手からテンションを受けたりした場合「フォームをリストアしてください」と
言っていました。

この辺りも去年との違いなのですが、
ザイコは常に「新しい言葉」を使う割には、
「言葉にこだわるな」「分析するな」「考えるな」「感じろ」と
言い続けますから、言葉にこだわらない方がいいのかもしれません。

テンションを感じてリリースしていく(去年の台湾)、
テンションとリラックスを繰り返すことで動く(去年のモスクワ)、
こうしたワークを繰り返してきたことで、私達は「フォーム」を
感じれる体を作ってきたのではないでしょうか?
モスクワはそのように、私達を導いているような感じがします。

だから、ともかくミカエルを信じて、試行錯誤しながら、感じていくしかない。
皆さんと一緒に一歩一歩やっていけたらと思います。


ザイコフスキー師と、手にもっているのはセミナー修了証。

すばらしいセミナーを開いてくださった、
台北インストラクターの江さん夫妻に感謝します。
いつもながら多くの示唆を与えてくださるザイコフスキー師にも
お礼申し上げます。
そして、日本から訪れた私達を迎えてくださったシステマ台北の皆さん、
組んでくださった皆さん、ありがとうございました。

2019年3月25日月曜日

今はこんな感じでザイコの復習やっています

2月のザイコフスキーセミナーが終わってから、
もう1カ月以上も経っています。
早いものですね。

インターナルワークが好きな人たちは「いいセミナーだった」と
口ぐちに褒めています。
私もいいセミナーだったとは思うのですが、なかなか消化できません。

システマ湘南でもいろいろと復習したり、
個人的にも他のクラスのインストラクターから学んだりしました。

それで今、なんとなくこんな感じかなというのが掴めてきて、
システマ湘南では、ザイコフスキーの復習については、
だいたい以下の3つぐらいを中心にやっています。

①アイドリング:これは大阪でいうところのジャイロに近いのかもしれませんが。
とにかく体は止まっていて、体の中は止まっていない。
そういう感じを養おうというものです。
②アウェアネス:意識を広げる。自分と相手だけではなく、自分がいるその空間全体に
意識を広げてワークしようというものです。
③呼吸:自分がカームな状態で常にいるのを、呼吸を指標しようということです。
いわゆる「ステイトの状態」を作って、その状態のまま、
いろいろな動きにつなげていけるようにする。呼吸が自分の動く方向を教えてくれる。

アイドリングと呼吸が上手くいくと、ちょうど海の「さざ波」のような感じで、
静かで穏やかだけで常に自分の中は動いていて、その波をいかようにでも、
調整できるという感じになります――というか、そういうふうになれたら、
いいなということで、練習しています。

あんまりいろんなことをやってしまうと分からなくなってしまうので、
今はその3つを中心に、その3つを心がけてワークをするようにしています。

こう書いても、やっていない方はなんだかわかりませんよね。
もし関心をもったら、一度遊びに来てください。

といっても、3月下旬から4月頭にかけては、ちょっとザイコワークは休んで、
システマシアトルインストクラターのクオンのワークをやっていますけれど。
それもまた楽しいですよ。

2019年3月8日金曜日

クオンのひらめき

3週ほど前のシステマ湘南でのワークでは、
クオンのストライクも少し取り入れました。

ザイコフスキーのストライクのワークを中心に練習していたのだけど、
拳を重くするワークを取れ入れたほうがいいと思って、
1月下旬に行われたクオンのセミナーから、
拳の重くするワークだけをやってみました。

クオンから以前、「動画は撮ってもいいけど、一般公開はしないでくれ」と、
言われたので、クオンの動画は公開できませんが、以下のようなワークです。

プッシュアップの姿勢で1インチ下がったところで、
しばらく(20秒ぐらい)その姿勢を維持(つまりスタティック)したのち、
拳と床の感覚を変えないように立ち上がり、パートナーに軽くストライク。
その時に、拳の感覚が消えないようにする。
これを1インチ下げて、2インチ下げてと、床にギリギリつくまで繰り返した後、
今度は床から1インチ、2インチとプッシュアップの姿勢を上げていく。
(活字では分かりにくいので、詳しく知りたい人はシステマ湘南に来ていただくか、
参加した人にシェアしてもらってください)

このワークは「拳が重くなった」「拳の重さが感じられた」と、
当日のセミナーでも好評だったし、システマ湘南でシェアしても好評でした。

なんと、このワークはヴラッドが考え出したものではなく、
クオンが考え出したものだそうです。いわばクオン・オリジナルワークです。
やっぱりすごい。

クオンはかねがね
「もっとシステマのインストラクターは自分で工夫しないといけない」
と言っています。
でも、菲才な自分にはクオンのようなワークは思いつかない。
そこで、どうしてそんなワークが思いつくのか聞いてみました。

「ヴラッドの近くにいて、ヴラッドといろいろ話していると思いつく」

やはりマスターの側にいると、ふと発想がひらめくみたいです。
なんか、すばらしい師匠の側にいると、それだけで何かが違うのでしょう。

私はクオンのようにひらめかないし、オリジナルのワークも思いつきません。
モスクワやトロントのインストラクターが伝えてくれたワークをやっていく、
その中で、もう少しこうやったほうがやりやすいという工夫をするだけで精一杯。
「工夫しないとけない」というクオンの言葉には耳が痛いばかりです。

ただ、それでも「湘南はセミナーのワークや様子を忠実に伝えてくれる」という
参加者がいてくれて、それを楽しんでくださる方がいるので、
今はそれでもいいかなと思っています。

いつかひらめく日が来るといいのですけどね(笑)。



2019年2月26日火曜日

「フル」と「エンプティ」再論

北米系のインストラクターたちがよく使う「フル」と「エンプティ」。

これは自分の回りのインストラクターたちも解釈が違っていて、
「昔、ブラッドはフルと言っていたが、最近はエンプティになった」とか、
「エンプティはテンションのない状態で立っていることで、
ストライク売ったり動いたりする時がフル。フルとエンプティを使いわける」とか、
人によっても言うことが違うような気がします。

[Full(満ちている)」と「Empty(空)」は相反する概念のため、
違うものだと思われがちなのですが、自分は同じものだと思っています。
この辺の考えについては、2017年7月10日のこのブログにも書きました。

今回、改めてクオンにも聞いてみました。クオンいわく、
「太極図って知っていますか? あれのようなものです」
太極図ということは、エンプティがフルになり、
フルがエンプティになる、ということだと思います。


↑太極図

自分の考えは、クオンと同じかどうかは分からないけれど、
最近はエンプティとは体の状態で、フルとはその人の存在感だと思っています。

ザイコフスキーは今回のセミナーで、「ライトで、クリアな感覚」で動くことを
強調していました。
この「ライトで、クリアな感覚」こそがエンプティなのではないかと思います。
それにはザイコが散々言っているように、
「頭をからっぽ」にする必要があるのでしょう。

一方で、フルというのは、昨年ザイコセミナーでやったワークのようなものです。
自分が座っている→相手が近づいてくる→自分が立ち上がることで、相手が止まる。
これは自分の存在感が相手の中を変えているのだろうと思います。

ライトな動きで、存在感がフルというのは、分かりにくいかもしれませんが、
大リーガーのイチローのようなものでしょう。
存在感があるけれど、動きはライトでクリアです。

11月のヴラディミアのセミナーで、
ヴラッドが近くに来ても全く分からないことがありました。
あれは「フル」のスイッチを、オンオフ自由に変えることができたのでしょう。

いろいろ考えだすと、わけがわからなくなるシステマですが、
だからこそ、非常に面白いんですよね。

2019年2月21日木曜日

ザイコフスキーとの会話(承前)

「相手に共感しろ」
「暴力を振う人間にもそうせざえるをえない事情がある。それを感じ取れるようになれ」
それがザイコフスキーの言うところだが、
常人には共感できないほど深い闇を抱えた人間も世の中にいる。

だから、その次に以下のような質問をしてみました。
「だいたい突然襲われたら、共感できるも何もないと思う」

すると、ザイコフスキーはこう言います。
「以前、ミカエルもセミナーで、そのような質問を受けました。
ミカエルは言いました。unconscious(意識を失う、無意識)なるだけだ」

この場合、ミカエルほどの人物でさえ襲われて意識を失うのか、
無意識になって相手からの攻撃に反撃してしまうのか、よく意味が分かりません。

とりあえず、こう質問しました。
「ミカエルだったら、unconsciousですむかもしれないけれど、
自分だったら死んでしまう」
すると、ザイコはこう言います。
「あなたの肉体は死ぬかもしれないけれど、あなたという存在は死ななない。
あなたのやろうとしていたこと(相手を理解しようとしていたこと)は、
神は見ている。あなたのやろうとしたことを神は認めてくれる」

何か宗教的な話になってしまいましたが……。
しかし、ここで私が深く感じいったのは、
ミカエルが言ったという「unconscious」が
死という概念も含んでいるということでしょう。

私とザイコフスキーの会話は、傍からみると、かなり宗教的な、
いかにもロシア正教をバックボーンにしているシステマならではの会話のようにも
思えますが、その実、武術の奥義を表しているかもしれません。

もし相手を完全に感じ取り、それに応じていこうするのならば、
死を恐れていてはダメだということなのかもしれません。

システマでは恐怖を克服することも様々なワークで練習していきます。
人間にとって最大の恐怖とは死です。
相手を真に理解していこうということは、自らの死に向きあうことであり、
武術の真理はその先にあるのかもしれません。

2019年2月19日火曜日

ザイコフスキーとの会話

ザイコフスキーの言うことは、要するに暴力とか振るっている人間は、
「魔」に魅入られていることです。
システマのストライクとは、その「魔」を吹き飛ばすものだということなのでしょう。
ストライクによって、その人本来の「善」性を取り戻させるとも言えます。

欧米人は日本人と比べると、性悪説の人が多いように思えます。
日本人は性善説に立つ人が多いので、こうしたザイコフスキーの説明について、
納得できると思う人がいる一方で、スピリチュアルとか宗教的なことが嫌いな日本人も
多いので、嫌悪感や抵抗感を示す人も多いのではないでしょうか。

ともあれ、ザイコフスキーの考え方はキリスト教的な影響が伺われます。
東方正教的なのかもしれません。

暴力を振るっている人に共感に示し、「なぜ彼がそうなっているか」を理解したうえで、その要因となっている見えざるものをストライクで吹き飛ばす。

たとえそんなことができたとしても、
暴力を振るうあらゆる人に共感を示せるものでしょうか?

世の中には、暴力を振るうことに喜ぶを感じている人もいます。
他人を壊すこと、他人を不幸にすること、それに良心の呵責を感じない人もいます。
そんな人までも理解できるものでしょうか?

懇親会では、ザイコフスキーにそんなことを質問してみました。

ザイコフスキーは言います。
「なぜ、彼がそうなってしまったのか。
もしかしたら、すごく不幸な生い立ちがあったのかもしれない。
辛い目にあってきたのかもしれない。
そうした彼の人生と比べれば、あなたの人生はどれだけ恵まれたものかもしれない。
あなたはただ、たまたま自分は彼のようにならなかっただけかもしれない。
そう考えれば、たとえどんなにひどい人であったとしても共感できるのではないか」

確かに、それは理想です。
でも、本当の犯罪者、殺人鬼と言われているような人間には、
そもそも「人間として壊れている」人がいることも事実です。
理解しようと思っても、共感しようと思って、
常人には、想像もつかぬような闇を抱いている人もいます。
そうした人間についても、ザイコフスキーは共感すべきだというのです。

しかし、相手を理解しようとしているうちに、スキが出来て、
殺されてしまったら、どうするのか。

そんな疑問も続けてぶつけてみたのです。
(続く)
特別クラス終了後にザイコフスキーと。ジャパンの本部で。何か疲れている。